甲本ヒロトから忌野清志郎への弔辞が泣ける「僕もそのひとり」

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甲本ヒロトから忌野清志郎への伝説の弔辞

2009年5月2日、忌野清志郎が亡くなりました。
その一週間後の5月9日に催された告別式『ロック葬』で、甲本ヒロトが読み上げた弔辞が話題になりました。

その弔辞は、あれから7年経った今も「心に響く」と話題になるほどのもの。中でも、最後の言葉は強烈です。今回はその全文をお届けします。

忌野清志郎

忌野 清志郎(いまわの きよしろう、1951年4月2日 – 2009年5月2日)は日本のロックミュージシャン。
RCサクセションなどのバンドを率い、ソウル・ブルースを下地にしたロックサウンドを展開。KING OF ROCKの異称を取った。

甲本ヒロトの弔辞(YouTube)

音声のみです。まずはこちらからがオススメです。

甲本ヒロトの弔辞(全文)

清志郎。えー、清志郎、あなたとの思い出に、ろくなものはございません。
突然呼び出して、知らない歌を歌わせたり、なんだか吹きにくいキーのハーモニカを吹かせてみたり。レコーディングの作業中には、トンチンカンなアドバイスばっかり連発するもんで、レコーディングが滞り、そのたびにわれわれは、聞こえないふりをするのが必死でした。

でも、今思えば、ぜんぶ冗談だったんだよな。
今日も「キヨシロー、どんな格好してた?」って知り合いに聞いたら、「ステージ衣装のままで寝転がってたよ」って言うもんだから、「そうか、じゃあ俺も革ジャン着ていくか」と思って着たら、なんか浮いてるし。
清志郎の真似をすれば浮くのは当然で。でもあなたは、ステージの上はすごく似合ってたよ。ステージの上の人だったんだな。

一番最近会ったのは、去年の11月。
The Whoの来日公演で、武道館の。そのとき、あなたは客席の人でした。
ステージの上の清志郎じゃなくて、客席の人でした。たくさんの人が清志郎に憧れるように、あなたはロックンロールに憧れていました。僕もそうです。

そんな、いち観客どうしの共感を感じ、とても身近に感じた直後、あなたはポケットから何かを出されて。それは、業界のコネをフルに活かした戦利品、とでも言いましょうか、ピート・タウンゼントの使用するギターのピックでした。

ちっともあなたは、観客席のひとりじゃなかった。僕があまりにもうらやましそうにしているので、2枚あった、そのうちのひとつを、僕にくれました。

(ポケットの中を探る)

こっちじゃねえや……これだ。ピート・タウンゼントが使ってたピックです。これはもう返さなくていいね。納めます。ありがとう。

一生忘れないよ。短いかもしれないけど、一生忘れない。
ほんで、ありがとうを言いに来たんです。数々の冗談、ありがとう。いまいち笑えなかったけど。はは……。今日もそうだよ、ひどいよ、この冗談は……。

うん。なるべく笑うよ。そんでね、ありがとうを言いに来ました。
清志郎、ありがとう。それから後ろ向きになっちゃってるけど、清志郎を支えてくれたスタッフのみなさん、それから家族のみなさん、親族のみなさん、友人のみなさん、最高のロックンロールを支えてくれたみなさん、どうもありがとう。どうもありがとう。

で、あとひとつ残るのは、今日もたくさん外で待っている、あなたのファンです。彼らにありがとうは、僕は言いません。
僕もそのひとりだからです。
それはあなたが言ってください。どうもありがとう! ありがとう!

忌野清志郎/RCサクセション
『トランジスタ・ラジオ』

代表曲『トランジスタ・ラジオ』。

「一瞬で心だけ高校時代に戻ってしまう」などのコメントが寄せられている。